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2005/12/30

惜別球人&さよならプロ野球

―引用はじめ―
(12月24日 スポーツニッポン 惜別球人)
澤井“モリケンチーム”で都市対抗へ
舞台は変わっても、野球への情熱は変わらない。元衆院議員で俳優の森田健作が総監督を務める社会人野球クラブ「千葉熱血MAKING」で打撃コーチ兼選手として、澤井は“現役”を続ける。「たまたま森田さんと共通の知人がいて食事していたら“一緒に頑張らないか”と言われた。即決でしたね」。戦力外通告から約3週間後、11月20日のことだった。
今月18日がコーチとしての初仕事となった。千葉・成田市での入団トライアウト。合格を目指し、必死にアピールする選手の動きに目を光らせた。「これまでの10年間をムダにしたくない。コーチもさせてもらえるし、プロで学んだものを若い子に伝えていきたい」。
95年のドラフト1位。銚子商時代は「東の澤井、西の福留(PL学園、現中日)と称され、02年には開幕スタメンもつかんだ。しかし03年途中に右肩を痛め、この2年間は一軍に呼ばれることもなかった。アマからプロに戻る夢もあるが「まずはこれからできる新しいチームのために頑張っていきたい。目標は都市対抗出場です」。完全燃焼を誓い、澤井は第2の野球人生をスタートさせる。
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(12月30日 日刊スポーツ さよならプロ野球)
紙テープの滝は愛された証し
9月22日、千葉マリン球場で行われたロッテ―ソフトバンク戦終了後のことだ。外野スタンドのファンから大量の白い紙テープが、一斉にグラウンドに投げ込まれた。白い滝が流れているかのような美しい光景だった。日本一に輝いたロッテには、数々の名場面が生まれた。
中でも初芝清外野手の、この引退セレモニーは、最も印象的なシーンの1つだった。ロッテ一筋17年。川崎時代から活躍した「ミスター・ロッテ」が、いかにファンに愛されていたかを示した。ハワイでの優勝旅行を終え、ホッとした表情を見せた。今後はラジオ局(ニッポン放送)の解説者となる。
「1度球団の外に出るわけだから、もう1度外から野球を勉強したい」と、新たな目標にメガネの奥の目を輝かせた。
今季は常に「体力的に引退を選択肢に入れながらやっていかなきゃいけないと思った」と自覚していた。出場しない試合でも、常にベンチから真っ先に飛び出して選手を出迎え、励ました。ユニホームのすそを伸ばす選手が多い中、ストッキングをあげたクラシックスタイルも味があった。
「プレーオフ、シリーズを制す最後の夢が実現した後、バットを置きたい」と9月21日に表明した。その“夢”実現へ、リーグVの突破口を開いた。ソフトバンクとのプレーオフ第2ステージ5戦目、1点を追う8回に代打で登場。三遊間へのボテボテのゴロだったが、全力疾走で内野安打にした。38歳の劇層が逆転を呼び込み、初優勝の瞬間も三塁の守備位置で迎えた。
「またユニホームを着られるようにしたい」。充電を経た後、指導者としてグラウンドに戻ってくるつもりだ。
―引用終わり―
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用具係として球団に残る曽我部、韓国行きのユウゴー、ファイターズスタッフとなる杉山俊介、スワローズ打撃投手となる前田を除き未定というのは厳しさを感じさせますが、あらら、パスクチは解雇されたのか。
マリーンズ初代監督・札幌アンビシャス投手の八木沢荘六さんは東京ガスコーチ。四国アイランドリーグ・徳島インディゴソックスコーチ、大阪ロマンズ捕手の定詰雅彦さんはマリーンズスカウトに就任が決まりました。

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