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2005/12/14

管理人・マリサポ史 その1

12月13日より18日までマリーンズ御一行様がハワイへ優勝旅行中のため、
かねてから暖めていた管理人のマリサポ史を5回程度に分けて連載します。
天下盗り匠@上村さん「マリーンズリーグ優勝記念・俺とマリーンズ」に刺激されてのものです。

管理人のマリサポ史 その1
ロッテ・オリオンズ時代

管理人が野球に関心を持ったのは75年、小学1年のとき。ケイブンシャの野球大百科(選手名鑑)がきっかけで、長嶋監督最初の年、王監督がまだ現役であった。
パ・リーグにおいては、上田利治監督のもと、阪急ブレーブスの全盛期ではあったが、金田正一監督のロッテオリオンズが74年の優勝の勢いがまだ残っていてそこそこ人気あったし、大沢親分の日本ハムファイターズ、太田幸司投手の人気でもっていた西本幸雄監督の近鉄バファローズ、野村克也兼任監督の南海ホークス、そして太平洋クラブ・クラウンライターライオンズがあった。
78年は広岡達朗監督率いるヤクルトスワローズファンになっていて、初優勝もまもなく、西武ライオンズが誕生。当初は弱くとも、前出の広岡監督就任以降黄金時代を築くことになる。ロッテオリオンズのファンになるのはそれからであった。高校進学した84年頃、稲尾和久監督が就任。
広岡西武のマンネリ化に飽き飽きしていたところへ、落合博満三冠王、村田兆治投手の復活などの生き方にひかれて、このチームを応援しようと決意、今日までマリサポを続けることになるのだが。
やがて稲尾監督から有藤監督にかわり、落合はトレードで去ったことで、チームの低迷は長引くものの、オリオンズの応援は継続。といっても自宅から川崎球場まで遠いこともあり、生観戦はかなわず。
87年2月のスポニチだったか、幕張メッセの近くに千葉マリンスタジアムが建設されることになり、ロッテオリオンズが川崎から本拠地移転を画策しているというスクープ記事を載せた記憶はあった。88年1月に着工し、90年3月24日に杮落としとして読売ジャイアンツVSロッテオリオンズのオープン戦が行われ、91年7月31日にオリオンズとして初の公式戦(VSライオンズ戦)で千葉移転を表明。やがてロッテオリオンズ改め千葉ロッテマリーンズが誕生することになる。
10.19とか、「巨人はロッテより弱い」「小池拒否事件」「テレビじゃ観れない川崎劇場」などなど遠い目でみていた管理人にとって千葉ロッテマリーンズが誕生することでファンクラブに入会しマリンへ野球観戦に行くと決意する日が来ようとは…。(あすに続く)

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 というわけで、マリーンズ優勝を記念して?!日記の方では、「俺とマリーンズ」という緊急連載を始めましたが、こちらのblogでは我が家のマリーンズ関連ユニを、写真で紹介していきたいと思います。  俺が最初にマリーンズのFCに入会したのは、1998年。  最初....... [続きを読む]

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