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2006/10/08

1,2,3,シロー!!

Teramoto_1「極私的・惜別球人スペシャル」第2弾・寺本四郎。
管理人が寺本をはじめてみたのは明徳義塾時代の97年,2年秋の明治神宮野球大会までさかのぼる。知人と一緒にみたのですが、上背のなさそうな左投手というのが初拝見の印象で、翌98年夏の甲子園で2回戦の金足農戦。KATTさんと一緒にみましたが、2枚看板の片方の右腕・高橋一正(のちスワローズ→日立製作所)が登板していて寺本はファーストを守っていたのでピッチングは見ずじまいだった(このあと、大阪ドームへバファローズVSマリーンズ戦を観戦)ものの、あのあと準決勝の横浜戦で劇的な試合になるとは思ってもみなかったことで、それから3ヶ月後のドラフト。小林雅英&里崎智也が逆指名で、寺本が4位指名でマリーンズの一員に。マリーンズファンサークル「毬印団」ではひいきの選手の背番号をつけることになっており、管理人は寺本への期待をこめて「61」をつけていたが、99年のゴールデンウィークのファイターズ戦@東京ドーム。3タテを喰らったものの、3戦目でプロ入り初登板が実現し、1イニング無失点好投をナマでみたことがあり、松坂に追いつけ追い越せの機運が高まっていったが、明徳義塾時代からコントロールの悪さがついて回り、結局3年間に20試合登板しただけで02年より打者転向することになるが、打者転向決断の遅れが選手寿命を縮めたのではないかと。管理人は一軍応援優先で浦和マリーンズの試合観戦そのものが少ないこともあって魅惑のバッティングは見ずじまいで、何かと比較された松坂大輔はメジャーから食指を伸ばすほどの通算108勝60敗1355奪三振、防御率2.94の大投手となり、かたや寺本四郎は苦節8年待ったものの鳴かず飛ばずで任意引退というかたちでプロ野球人生を終えるというさびしい幕切れに終わったのは残念なことでありますが、マリーンズの選手でプロ入り以前からみたことがある数少ない選手だけに、第2の人生に幸あれ!

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» 寺本四郎 [Marines blog watch]
泣いて良いですか?シロー(ノД`) ※ 稚拙で感情的な文章であることをお許しください。 横浜高校対明徳義塾のあの伝説の大逆転試合 この涙を見て早8年。 当時、応援していた西武から好きな選手が次々といなくなり... [続きを読む]

受信: 2006/10/11 03:29

» 惜別球人2006 第5回・寺本四郎選手 [関東黒鴎組通信 Returns]
今回は任意引退という形でマリーンズを去ることになった「浦和の大将」・寺本四郎選手を取り上げます。 [続きを読む]

受信: 2006/10/12 22:09

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